ぴあ×チャンネルNECO強力コラボ連載第80弾!! 座頭市vs.用心棒、さらにはジミー・ウォング!? 破格のエンターテイナーが理想とした“観客へのおもてなし”

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 没後20年である。そうか、もう20年も経つのか…。この原稿を書きながら、’97年6月24日、築地本願寺で営まれた希代のアクター・勝新太郎の葬儀に参列し、霊前で手を合わせたことを思い出していた。

 

 その2年前、ある企画でご本人にインタビューさせていただく機会があった。ご存知の通り、数え切れぬほどの豪快伝説、仰天エピソードで知られる大スターだが、筆者も一端に触れる貴重な体験をした。取材中にもかかわらず、「うまいぞ」とラーメンを出前してもらい、ビールのテキーラ割り(!)をいただき、さらに生ギターと生唄のおもてなし…。霊前ではこの時の歓待のお礼の言葉も添えていた。

 

 失礼。いささか個人的な話が過ぎた。映画・チャンネルNECOの「勝新太郎没後20年」企画である。放送されるのは「座頭市と用心棒」「座頭市あばれ火祭り」(共に’70)、「新座頭市 破れ!唐人剣」(’71)、「座頭市御用旅」(’72)、すなわちシリーズ第20作から23作目までの4本だ。

   

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盲目にして居合抜きの達人、日本映画が世界に誇る“異形のヒーロー”と勝新太郎が初めて出会ったのは’62年のこと。以来、映画はシリーズ計26本を発表し、舞台やTVドラマでも演じてライフワークとした。

 

 シリーズを重ねるごとに、市の必殺剣の強さは超人化していったのだが、それと共に闘う相手にも創意工夫が凝らされていく。’67年、勝プロダクションを設立、製作も兼任した勝新太郎はいっそうサービス精神を発揮する。「座頭市と用心棒」では“世界のミフネ”との夢の頂上対決を実現させ、「座頭市あばれ火祭り」では盲目の悪の将軍・闇公方と偏執狂的な浪人役にそれぞれ森雅之、仲代達矢という二大名優を配し、勝プロ好みの型破りで荒唐無稽かつ劇画チックな一大花火を打ち上げた。そして、「新座頭市 破れ!唐人剣」では香港の大スター、当時カンフーブームをけん引していたジミー・ウォングを日本に招き、映画で異種格闘技戦を開催!! すべては“観客へのおもてなし”の精神がなせるワザなのだった。

 

 もちろん、見せ場はアクションだけではない。「座頭市御用旅」で頑固な老十手持ちにふんした国宝級のパフォーマー、森繁久彌とはお得意の“即興芝居”で意気投合。後に二人は対談でも互いに心酔し合い、こんなやりとりを。「セリフは頭で覚えるのではなく、飲め」「本当はクソにして出しちゃえ」「全部、捨てちゃえ、セリフ。そうすると、グーっと引いてね、おまえさんの全身が撮れる」(文春文庫「泥水のみのみ浮き沈み 勝新太郎対談集」)。

 

 それまでも段取り芝居を嫌い、時には脚本を反故(ほご)にし、セリフやシチェーションを現場で練り直してゆく作業をいとわなかった勝新太郎。そのラディカルな姿勢は「座頭市御用旅」の次に自ら監督した「新座頭市物語 折れた杖」(’72)(映画・チャンネルNECOで10月に放送!)でさく裂する。ライフワークにしていた「座頭市」シリーズには、この破格のエンターテイナーが理想とした“観客へのおもてなし”、演技の“硬と軟”の両方を極めていった軌跡がしかと刻まれている。


轟夕起夫(映画評論家)

ぴあ×チャンネルNECO強力コラボ連載第79弾!! 真夏の怪奇! トラウマ映画豪華2本立てで濃厚な一夜を

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 待ちに待った夏休み。旅行を計画している方も多いことだろう。そこで、旅先でトラウマな出来事どころか、旅そのものがトラウマになりかねない2本のケッサクをご紹介。7人が旅に出る2作にちなんで、7つの注目ポイントを見てみよう。時には帰ってこられない旅もある…。

 

19日の夜7時25分から放送される1本目は、大林宣彦監督の劇場用映画デビュー作「ハウス HOUSE」(‘77)。最愛の父親の再婚が許せない女子高生のオシャレ(池上季実子)は、友達を誘って7人で軽井沢にあるおばちゃま(南田洋子)の別荘に赴く。ところが、その別荘は女性を食べて生きている化物屋敷で…。今でこそアイドル主演のホラーは定番だが、この「ハウス」こそがアイドル×ホラーの第1号。当時の映画青年たちを熱狂させ、今なお世界中で支持されるカルト作だ。

 

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 それでは「ハウス」の注目ポイントを探っていこう。
①ホラーコメディーなのに殺され方がエゲつない! ピアノを弾いていると指が食われ、腕が飛び、足が宙を舞う。とにかく首、手、足が飛び交う恐怖!
②映像のクセがスゴい! 大林監督の特徴のひとつにアナログな特撮があるが、デビュー作だけに全開! 例えば、教師役の尾崎紀世彦のお尻にバケツがハマって階段から落ちる様子をコマ撮りのカタカタした映像で見せるなど、遊び心が満載なのだ(その多彩な映像表現が映画青年たちを熱狂させた理由だったりする)。
③友達がこつ然と消えたというのに、女子高生たちはみんなで楽しくスイカを食べている。それ以降は居たことさえ忘れるありさま! 女の友情ってそんなものなのね…。
④東京駅がウソ。7人が軽井沢へ行こうと東京駅へ集合するが、背景に見えている東京駅はまったくのデタラメなので注意しましょう。ちなみに、7人に絡んでくる男たちは音楽を担当したゴダイゴ。
⑤車椅子の独り暮らしで立つこともできないおばちゃまが、どうやって一人で生活していたのか誰も不思議に思わない。
⑥当時18歳だった池上季実子がヌードを披露!
⑦池上季実子だけじゃない! ひそかに(?)ベテラン女優・南田洋子もヌードになっている!(老婆役だが当時は40代)。

 

 当時は助監督経験を積んで監督になるのが当然だった時代。そんな中、助監督経験なし・自主制作映画出身・CM監督出身で大メジャーの東宝に乗り込んで監督になった大林宣彦は、助監督や撮影現場にもトラウマを残したとか残さなかったとか…。

 

 続く夜9時から放送される2本目は、多くの人の心に深く刻まれた「マタンゴ」(‘63)、またの名を“キング・オブ・トラウマ映画”! 青年実業家、その部下、漁師、作家、銀座のクラブ歌手、大学教授、その教え子の7人がヨットで遭難し、無人島に漂着。だが、その島は動物がいない奇妙な島で、異様なキノコだけが異常繁殖していた…。世紀の名作「ゴジラ」(‘54)の田中友幸プロデューサー&本多猪四郎監督&円谷英二特技監督コンビによる特撮映画にして、ジャパニーズ・モダンホラーの古典的名作とされている。

 

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 では、「マタンゴ」の注目ポイントを探っていこう。
①無人島かと思われた島だが、実は難破船が漂着していた。だが、乗組員がいないばかりか、遺体もない。そして、すべての鏡がなくなっていた…。その後、ジャングルの中で割れた鏡が見つかる。うーん、気になる!
②景気づけにウクレレ片手に歌い出したクラブ歌手だったが、どこからかバンドの演奏が聴こえてくる…。一体バンドはどこに隠れているんだ!
③飛んでいる鳥を見つけてライフルで狙うが、この島を避けるように飛び去ってしまう。一体なぜ!?
④海のど真ん中でラジオが聴ける。自分たちの遭難のニュースを聴いたところでなんと電池切れ…。予備の電池を買っておこうネ!
⑤難破船を宿代わりに使い始めた7人。深夜、みんなが寝ていると甲板を歩く音が…。窓からのぞいたその顔は…!
⑥ついに襲ってきた謎の生物マタンゴ! ライフルで応戦するが、ここで1950~60年代映画の“あるある”が登場。このライフル、いくら撃っても弾がなくならないのだ! 今どきのゾンビ映画のように、弾が切れて襲われるなんてことはない。撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃ちまくるのだ! それでも倒せないマタンゴって一体…。
⑦本作が多くの人のトラウマとなった原因が問題のラストシーン。スティーヴン・ソダーバーグ監督は、幼少時に「マタンゴ」を観てしまったばかりに、それから30年間キノコが食べられなくなるトラウマを負ったと告白している。

 
 最後にとっておきのトリビアをひとつ。「マタンゴ」にはバルタン星人が出ている…というのはウソで、クライマックスで襲いかかってくるマタンゴの群れの声をよく聴くと、バルタン星人の「フォッフォッフォッフォッフォッ…」という声が聴こえてくる。実は、マタンゴの声を後にバルタン星人に流用したのだった。

 

 
 そんなわけで、旅の恥はかき捨てと言うけれど、くれぐれもトラウマになるような経験だけはされないように…。この夏、あなたは人里離れた別荘と霧に覆われた無人島、どちらに行きますか?

竹之内 円(ライター)

ぴあ×チャンネルNECO強力コラボ連載第78弾!! 社歌に込めた裕次郎の“ラストメッセージ”とは?

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 ‘87年7月17日――といえば、戦後日本のシンボルであり、不世出のスーパースター、石原裕次郎の命日だが、今年は没後30年という節目の年。開局以来、裕次郎作品を多数放送してきた映画・チャンネルNECOでは、このメモリアルイヤーに裕次郎の貴重な出演作、関連番組などを一挙放送する。

    

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まずは未ソフト化のレアな作品、兄・慎太郎の同名原作を基にした裕次郎初のTVドラマ主演作「小さき闘い」(’64)をご紹介。暗い過去を持つ主人公と、脳腫瘍で死期が迫った少年との心の交流を描いたヒューマンな一編で、放送されると大反響を巻き起こし、劇場版も作られることに。それが併せてオンエアされる「『小さき闘い』より 敗れざるもの」(’64)だ。実は筆者、取材で劇場版の少年役であった小倉一郎さんに話を伺ったのだが、ラストシーンで裕次郎が流した大粒の涙はまぎれもなくホンモノ。彼はアクションだけでなく、“芝居心のある名アクター”だったのだ。

 

 さらに、浅丘ルリ子とのコンビ作、“愛の不毛と可能性”をテーマに二人が日本縦断1600kmを踏破する傑作ロードムービー「憎いあンちくしょう」(’62)と、最後の実写映画出演作となった「凍河」(’76)も放送。前者は旅の果てに裕次郎とルリ子がつかむ、永遠の太陽の祝福と生の絶頂感がまことに素晴らしい。後者は監督のためにノーギャラで友情出演(主演の中村雅俊の兄役)したもので、その斎藤耕一監督はスチールカメラマン時代、裕次郎の最初の写真集「海とトランペット」(’58)を撮った人である。裕次郎はこうした縁を大切にする“義の人”でもあったのだ。

 

 また、かつての日活撮影所での仲間たち、浜田光夫や藤竜也らの貴重な証言を収録し、裕次郎が遺した数々の名演と功績をたどるチャンネルオリジナル番組「没後30年 石原裕次郎・映画の軌跡 ~日活スターが語る魅力~」も見逃せない。ちょっと“角度”が違うのが、フジテレビ系列で’14年にオンエアされた「ザ・ノンフィクション 石原裕次郎 最後のメッセージ〜仲間に遺した歌〜」。これは裕次郎が作ろうとした“幻の社歌”をめぐるドキュメンタリーだ。

 

 社歌のタイトルは「太陽と星たちの賛歌」。「石原プロモーション50年史 石原裕次郎・渡哲也」の制作の際、偶然、その譜面が裕次郎邸から発見されたことからこの“感動の秘話”は始まる。時は’78年、宝酒造とのCM契約10周年のパーティーで披露すべく裕次郎がなかにし礼に作詞を依頼、作曲は羽田健太郎が手がけたが、楽曲は歌われることも録音されることもなく幻と化してしまった。なぜ、裕次郎は社歌を作ろうと考えたのか? そして、タイトルや歌詞の意味するところは? まき子夫人を筆頭にした関係者へのインタビュー、石原プロの秘蔵映像を交えながら、“裕次郎のラストメッセージ”を読み解いてゆく。

 

 “幻の社歌”の制作背景の裏側から見えてくる巨星・石原裕次郎という人間の大きさ、そして優しさ。唯一無二の存在、日本の“太陽”であった「裕ちゃん」のまばゆい輝きをたっぷり浴びつつ、あらためて哀悼の意を表したい。

轟夕起夫(ライター)

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